人は見たい現実を見る。パーソナルリアリティ(Personal Reality)について

ご飯の合間に30分で仕上げるシリーズ。今日はPersonal Realityについて。

Personal Reality、ぱーそなるりありてぃ。

分かる人にはわかる、でもわからない人には絶対わからない。

これは心理学とか哲学とは全く異なる、『とある魔術の禁書目録』シリーズ(とあるまじゅつのいんでっくす)というライトノベルのなかで出てくる用語なのです。

とある魔術の禁書目録ってどういうお話なの?

なんか生まれつき特殊能力を持っている何の変哲もない男子高校生が、気が付いたら個性豊かな女性陣に囲まれながらハプニングだらけの学生生活を送り、その節々で出てくるよくなさそうな奴に正論を述べながらグーパン喰らわせていく物語。

あんまり物語自体には言及することがないので、あとで適当に調べてみてみろください。

Personal Realityのくだりは?

この物語は(自分が読んでた段階では)大きく2つの勢力というか、世界線に分かれていて、ひとつが魔術サイド、もう一つが学園都市サイド、というように二項対立的な構成になっている。

・魔術サイド:宗教、呪術、魔法、神話など

・学園都市サイド:科学、計算、開発技術、超能力など

魔術の方は今日はガン放置して、とにかく学園都市サイドの、超能力者にフォーカスしたい。

超能力者が超能力を発動する仕組みについて

ここでパーソナルリアリティが用いられる。

能力者が持つ独自の感覚で、超能力を発動するための土台。
いわば超能力の源であり、『手から炎を出す可能性』『他人の心を読む可能性』など、現実の常識とはズレた世界。

また、その「ズレた世界」を観測し、ミクロな世界を操る能力の事。
より強い個性を保ち、強靭な精神力や確固たる主義を持つことが「自分だけの現実」の強さに繋がるともされ、能力者の精神制御方法の一つとしても考えられる。

とのこと。

つまりは「自分だけの現実を思い込む力」が超能力を発動させる、と定義している。

パーソナルリアリティの思い込みについて

小説の内容はわかった。現実世界においてはどうだろうか。

現実世界においては、魔法使いも呪術使いもいなかったりするけども、科学を駆使して超能力のようなことをやってのける人たちはいる。

それは超常現象とかではなくて、ある理論の上で、やるかやらないかによって分岐した未来や結果をたぐりよせる力と言って過言ではないと思う。わかりやすく言えば、めちゃくちゃ仕事ができる人はきっと、そういうパーソナルリアリティを見ているんではなかろうか。

上記記載したパーソナルリアリティの説明によれば、「現実とのかい離が大きければ大きいほど、能力として強大である」とされている。この辺も現実に応用がきくなあとおもっている。

すべての人は、自身のパーソナルリアリティを生きている

大きかれ小さかれ、また内容も様々だが、人に個性や価値観という表現が付いて回る以上、個々人にパーソナルリアリティは追従している。

また、人は生きていくにつれてこの自分のパーソナルリアリティを強めていく傾向があると思う。

やたら意識高い人、向上心の塊、勉強意欲、陰謀論、ネガティブ、などなど、個性や特性と言われるものは、個々人のパーソナルリアリティの結果ともいえるんじゃないだろうか。

また逆に言えば、認識の外にあることは認知ができないように、人間も自身のパーソナルリアリティの外は生きられないというところもポイントになると思ってる。

人は、自分が見たい現実を見せられて生きているのかもしれない。というところ。

良いパーソナルリアリティを身に着けよう

パーソナルリアリティがその人に他人とは異なる力(=作中でいう超能力)をもたらすのであれば、パーソナルリアリティをコントロールしてよい能力を身に着けるようなアプローチをしていきたい。

良質な現実とのズレや信念を手に入れるには、主な変数としては環境要因が大きいのであろう。人間のベースとなる部分には、一度処理しきれなくなるくらい大量の刺激を浴びることで形成されたり変化したりすると思う。

自分を形成するのが環境だとして、自分は見たいパーソナルリアリティが形成されそうな環境にいるだろうか、そういった経験に囲まれているだろうか、を考えてみると、「よき超能力者」として現代を楽しく駆け抜けられるかもしれない。

とかおもった。

なんつって。

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