はいどうもおばんです。こんばんち。金曜日ですね。
毎週金曜日は飲みに行きたい気持ちをこうして記事エネルギーに変えているわけです。都内は今日も平和、よきかなよきかな。
金曜日の夜だし、ちょっと夢のある話をします。
とあるイベントで、アンドロイドインターフェイスの権威の方とご一緒する機会がありまして。
アンドロイドインターフェースってなんやねん、というと、このへんのお話になります。
うわあ、エー、キモー。
ってなるかもしれないけど、それは”不気味の谷”という非常に面白い人間の特性から生じたものだったりして。(その辺の話はあとでやる)
とにかく、最近はなにかと人工知能だの機械学習だの、そしてそれらが引き起こすシンギュラリティだのが世間をお騒がせで御座います。
自分も仕事で関わる機械がめっちゃ増えてて、その辺いじってみてるんだけど、今日はそれだけじゃないよなーという、忘れられがちなインターフェースのお話をしようと思ったんだ。華金?なにそれくえんの??
Outlines
◆人工知能ってそもそも何者なの
人工知能ってあるじゃないですか、いわゆるAIですね。artificial intelligence 、つまるところ「人工的な知能」とのこと。いんてりじぇんす。
これ、そもそもなんで流行ってるかって考えてみると、要は2つの環境要因によると思ってて。
ひとつはログ情報の充実
もうひとつは計算技術の充実。
これだと思うのよね。
これらにより、実用化が見えてきた、っていうのがちょうど最近の話になる。初期のコンピューティングなどでいうと、「エキスパートシステム」みたいなもんは、もともと存在していて、計算機として発明されたデジタル機器を人間の脳みそレベルまで頑張るっていうのは、そらあもうだいぶ昔からあった。
それこそ、アラン・チューリングによってチューリングテストなんてものが出来たのも、あれは1950年代だったかと記憶してる。
あと、何が出来るのと。
出来ることも、(主に2017年現在自分が知る限りで)大きく2つになるんじゃないかなあ。
最適化。
そして予測。
これらはそれこそ食わせるデータとブン回せる計算馬力によっては、人間をはるかに凌駕するパフォーマンスを見せたりする。この辺はまだ勉強中なので、何も偉そうなことは言えないんだけど、そこかしこで工数的には明らか人間をもう越えてるし、精度なんかもなかなか信用に足るレベルになってきてると思う。
そんな人工知能、まあ流行るのはわかりました、と。
でも結局はハイテク計算機じゃん?人間の脳みそに近づいてるの?
て思いますよね?思うの、わたしは。
人間の知能とほぼイコールを目指す人工知能と、ハイテク計算知能は、どちらかというと後者のほうが今目に見えてる商業的なメリットが大きいもんだから、まあ資本主義においてはそっちの方が早く進む。開発資金とかね、研究費用とかね、いろいろありますねん。
とはいえ、人間に近い人工知能だって研究が頑張られている。そこに今回はフォーカスしたいと思ってる。
◆人工知能はなせ人工知能なのか
なに言うてますのん?って思うよね?ちょっと待ってね、説明しますね。
そもそも、仮に計算分野に限られていたとしても、人間のパフォーマンスを再現、ないし上回っている人工知能を、我々はなぜそれが人工知能によるものだと認識できてるんでしょうか、と。
人間の審査官とコミュニケーションを取らせて、それが機械か、人間かを見極めるという方法で人工知能の優秀さを測定するテストもあったりする(チューリングテスト)し、なんならそれはもう2014年にクリアされてたりする。
※テストの内容(言語)が恣意的だとかこれはAIではなくてChatbotだとか賛否は両論だけど、本筋とはズレるので特に言及はしないYO
認識論と人工知能
私たちが、何からの機能やアウトプットに触れるとき、そこには必ずインターフェースが存在する。アウトプットが中身だとしたら、インターフェースはハコや入れ物のような、独立したフォーマットだ。
情報と私たちを仲介(媒介)するものをメディアと呼ぶが、そのイメージに近い。インターフェースは、パッケージでもある。
つまり、アウトプットがどんどん人間に近づいていく以上、人工知能っぽさというのは、インターフェースにしかないのでは。と言ってしまっても過言ではないと思ってる。
不気味の谷の向こう側に広がるもの
とはいえ、ロボはロボじゃん。人間じゃないことなんて一発で分かるよ、と冒頭の画像を見て思う人もいるかもしれない。
そこで現れるのが”不気味の谷”というものだ。
機械と人間のミックス的な存在を、「えっキモ…」って思ったことのあるそこのあなた!さてはあなたは人間ですね?
つまるところ、人間には限らず自分の知っている生命に対して、機械がそれを模倣しようとしていると、初めはかわいいんだけど、ある一定のリアルさを迎えた時点で「ウワッ」っとなり、またむしろ見分けがつかないと人間はそれを気にしなくなる(≒気が付けなくなる)といった情報と感情の断裂のようなものがあって、それにいい感じの名前をつけたのが不気味の谷だったりする。
これはなんとなくわかってもらえると信じている。
◆インターフェースとコミュニケーション
究極的に機械と生命を分ける要素
ちょっと先の未来まで、機械と生命を分けるもの、それは、究極的には人間の認識次第なのではないかと思ってるし、その一方でメラビヤンの法則により、人間の認識には特定の受容器にそれぞれのシェアがある。
結局のところ、コンテンツとインターフェースが揃ってしまうと人間はそれを機械と認識できなくなる。(広義で見れば、人間の身体だってある意味機械的な活動の連続として分類できるかもしれないし)
人間の認識、冒頭で紹介させてもらった権威はこう言ってた。
(人間は)観察に基づく認識と想像に基づく認識(の合計)で現状を認識する。
観察の比率をいじることで、(その分)想像が認識を補うことが発見された。存在の認識を想像で覆すモダリティ(特徴的要素)の閾値は2つかもしれない、と実験で分かりつつある。
その要素は、声掛け、感触、そして見かけだ。
つまるところ、声(掛け)、感触、見かけのうち2つがクリアできていれば、人間は残りのひとつを想像で補い、そこに生命の存在を認識することができる、という。
情報を上手く扱え得るようになり、脳を再現したとすれば、上記のようなインターフェースを確実に不気味の向こう側のリアルまで持ち込むことで、そこに人間を存在させることができそうだ。
◆機械が人間を目指すには
とはいえ、まだまだ人間と機械の間にはめちゃくちゃ大きな隔たりがある。人間を人間足らしめるものは、実はすごくいっぱいあるのだという。
最適解と超最適解
バランスの良い誤解関係のもとに、対話は成り立つケースがある。
つまり対話や仲の良さはその対象への理解そのものによるものではない。
これはよく、めっちゃ仲のいい大学生集団とか、電車に乗ってる女子の会話とか、コミュニケーションぎりぎり頑張ってる年頃の息子とその親の会話とか、ゲームに夢中な彼氏と今日会ったことを報告したいその彼女とか、そんなシーンで多く見受けられる構図なんだけど、「聞いてないけど対話になってる」のやーつ。
また、これは自分がめっちゃやっちゃうんだけど、「相談受けたのでマジレスしたら相手が泣いた」みたいなパターン。
世の中の男性陣はみんな経験してると思ってる。
人工知能への実装でいうと、この「バランスの良い誤認」の実装がとても難しいらしい。(そもそも結果論的なものだろうし)
インプットされた課題に対して最適解を選択して出力するという構造である以上、「人間っぽい生々しい失敗」や「リアルなズレ」を出すことはまだ難しい。この最適解の向こう側にある(人間らしさという)超最適解に至るのは、いつになるんだろう。
感情の再現は可能だが、その感情は人間のそれと等しくなるかは分からない。
感情ってなんだろう、それをいろいろ実験したり研究してたら、結局は意図と欲求という結果になったらしい。
意図と欲求をストーリーとして実装できれば、限りなく意識や感情のようなものを作り上げることはできる。ただし、それか究極的に人間の持つ意識や感情に等しいものなのかは、わからない。
目の前の事象と会話の流れのような時間の流れに対して、その時その時に持つ意図と欲求の揺らぎが感情なのだと。
上記の結果を一旦正しいと捉えて、
Aという事情に対し、B秒後に持ってる意図Cに対して、Dという欲求がある(ため行動Xを起こす)、みたいなテンプレートでストーリーとしてAIに学習・蓄積させること自体は、今の仕組みで(簡単じゃないけど)可能らしい。
ただ、その時出来上がったものが、そのまま人間の感情と等しいものになるのか、それはまだ全くわからないんだそうだ。なんかロマン。ゴイスー。
人間を人間たらしめるものとは
最後の最後で質問してみた。
”機械が人間に近づこうってのはなんとなくわかるんですけど、人間がより人間らしくなるには、何が必要なんですかね”と。
ちょっと考えてこういわれた。
人間を人間たらしめるのは、適切な時期における、良質なインプット。それにより成り立つ学習である。
結局、考える機関については、それこそ機械サイドがめっちゃ頑張って真似しようとするレベルのものがあるんだから、そのときそのときで意図と欲求に沿った、良質な材料をインプットし、それを繰り返しながら学習していくべし、と解釈しました。
まさか人工知能の在り方から人間の在り方が聞けちゃうなんて、ちょっとした皮肉を感じつつ、とても勉強になった機会でした。
時にはこういう話もいいよね。
あー、はやく機械が代わりに働いてくれないかなあ。
なんつって。
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