ランチタイムに思ったことを書いてみるやつ、久々ですね。こんちは。
相変わらずランチが遅い。
今日はこちらのエントリを読んで思ったり、したあれこれをすこし噛み砕いてまとめてみる。
SNSはもう絶望?バズより「絆」を意識して、エンタメの構造を変えていく──チョコレイト 渡辺裕介×クラシコム 青木耕平 対談後編
タイトリングがうまい。読ませる仕組みをちゃんと意識してるなーと思いつつ開く。
個人的にこの対談から拾い上げたトピックは2点。
「なんつーか、絆」
「SNSプラットフォーマへの依存と絶望」
Outlines
「なんつーか、絆」
「なんつーか、絆」というのは、広告業界やデジタルマーケティング業界が「エンゲージメント」とかいって逃げてきたものの正体に、一歩近づいた表現であって、コンテンツメーカーか事業会社側からじゃないと出てこない表現だなと思った。
一方で、それでもまだ抽象的だよなーとは思う。デジタルの人間としてはそれを「再来訪頻度の増加率」とか、「第一想起」とか「Nクエリの増加率」「手なり期のアドオン売上」っていう具体的な指標に落とし込むのもいいかもしれないんだけど、いち事業者としてはもうちょいカスタマーに近寄って表現したいという人格もある。
結局のところ、そのとき持つ説明責任や、果たしたい状態目標によってこの辺は変わるし、なんなら単一のキラー指標的なものは業界や業態、マーケットでのポジションなどにより違うのかもしれない。
じゃあ、踏み込みながらももう少し具体化するとなんなんだってばよ。
ということで思ったのが「約束を守る」と「透明性」なんだろねって話。
ブランドの正体は、”顧客との約束ごと”なのではないか?
ブランドやサービスやコンテンツに触れるとき、ユーザーはお金だったり時間だったりのリソースをそちらに向けることになる。何かを買うならお金を、何かを読んだり視聴するなら時間と神経を支払っている。広告主やマーケテイング担当が施策ごとにROIを厳しく吟味するかのごとく、きっとユーザーもその価値があるかどうか、やっぱり無意識下に判断はしていて、その評価の積み重ねがブランド的になっていくんだろうと思ってる。
この積み上げは必ずしも良い働きをしないこともあって、場合によっては「悪いという見積もり」をしっかりと約束通りに実現していたりすると、ネガブランディングができあがってしまう。
なので、ブランドっていうのは、「期待を裏切らない(≒約束を常に守る)」という振る舞いに集約されるし、その蓄積したブランドという”果たされた約束”を積み上げるために、顧客接点というものを世の中に敷いていくのであるなあと感じた。
「透明性」で勝ち取る正直さとマーケットフィッティング
ストーリーテーリングが非常にキている。たぶんタピオカと同じくらい来ている。
結局のところ、もう選択肢が多すぎるんだと思う。逆に絞り込めないので、ユーザーは「覚悟」を強いられている。そのブランドやサービスを、信用しきるという覚悟。
合理的な比較検討の時代は、選択肢とリストの情報爆発によって終わりが近いのかもしれないとすら思う。
透明であること、裏話や秘話、実際の中の人やオープンなミートアップ、それらがあらゆる「リスト化された情報」よりも価値があり信憑性があると感じる世代が確実にいる。
細分化されたコミュニティの中で個々人がそれぞれのアイデンティティの存在を許容されるようになってきて、今度はブランドが個々人に認められるために接点をフィッテイングしていく時代なんだろうなと思う。
SNSをプラットフォーマーからバイパスへ叩き落とすことについて
あともう一つ、「SNSへの絶望」。
結局のところ、SNSというか、いわゆるソーシャルメディアは、コンテンツとコミュニケーションを半々にして、そのPVで広告収益を稼いでるモデルなので、基本的には体験がフロー型である。つまるところ、いまメインの画面UIは基本的には”ニュースフィード”になっていて、そこがアプリを開くたびに違った情報を届けてくれる。毎回同じ投稿を目にするために、ユーザーはそれを決して開かない。「いまどうなってんのかな?」が重要なのであって、だからSNSはコンテンツ提供者になりうるすべてのユーザーに「いまどうしてる?」「what’s happen?」とネタの提供を促している。
そのフローを中毒化してユーザーの可処分時間を換金してるわけなんだけど、これって事業会社にはあんまり美味しくない。たとえばユーザーのアテンションががっつりとりにくい。Googleなんかはこれをマイクロモーメントなんて言ってたりはするけど、一方でストーリーテーリングなブランド戦術が流行ってたりするなか、わざわざマイクロなモーメントをエンゲージフルに獲得するには人的にも資金的にもコストがかかる。
つまりはトレンドとの伴走を”常に”求められることになるので、その露出面へのフィッテイング過程において自社のスタンスとコンフリクトすることもある。
さらに、仮にそこでバズって大きな流入や反響を生んだとしても、その質やプロダクトへの深度については、どうしてもイマイチインスタントな域を出ない。これに一喜一憂していられるほど、事業会社も暇ではない。SNSで広げた認知を、あの手この手で顧客育成を通して回収するのは、数年かかっても「別チャネルでそれをやるのとあまり変わらん」というところが見えてきた。(もちろん、センスの変数が大きいチャネルではあるので、その再現性も含めての評価として。)
そうなったときに、生命線としてのトラフィックを、SNSに依存し過ぎてると全然苦しいまんまなので、プラットフォーマーとドヤってるそれらを「自サイトに訪問してくれるためのバイパス」に一回叩き落さないといけない。だって分散型メディアのみなさん、いったいどうなりましたっけ?
そのためには、やっぱりユーザーへの教育(顧客育成?)が大事になってくるわけで、そのための接触と、その接触の度に約束を守り続けるのがいいんだろうなと思った次第。
じゃあそれをどうやるのか?
うちの会社ではたしてできるのか??
この辺を考えるのがマーケターだろうがよ、という話は死ぬほどしたし、「できるかな?」じゃないんだよ、「やる」んだよっていうテンションで明日からも頑張っていきましょう。
雑なまとめなんだけど、いったんこのへんで。
この辺深く話してみたいぜ!っていう人がいらっしゃったら飲みにでも誘ってください。
さぁ会社内外のあらゆるステークホルダーと一緒に「我々が顧客とした約束事ってなんでしたっけね?」というのを意識してこの夏を過ごしてみると、いいのかもしれないね~
なんつって。
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