【プロ根性とキャリア論】コブクロの20周年に見る、成功と初心とをつなぐ本質的思考について

雨&寒い&気圧が重い、そんな東京からお送りする。

今日は、Youtube Funfest2018があった。

存在自体は知っていた、世界最大のコンテンツ配信プラットフォームであるYoutubeが、よりコンテンツサプライヤーとユーザーのエンゲージメントを高めるために行う、いわゆるライブパフォーマンスだ。

思い出して視聴を開始した時点でざっくり同時接続視聴者数が7万人。その後、何組かのアーティストを経てトリを飾ったSixTONESさんまでの段階で約8万人以上に膨らんでいた。

スカイピースの2人も盛り上がってた。

このムーブメント、実は会社員マーケター界隈ではほとんどキャッチされてなかったりしてて「会社という仕組み」のせいで抜け漏れてたらシャレにならんな、というのと、トレンド的に押さえておくべきなんだろうなと思って仕事しながら見てたのだけど、なんと演者の中にコブクロがいた。

コブクロは今年で結成20周年だそうで、そこにあわせて最近ベストアルバムをリリースしたりサブスクリプションサービス向けにも楽曲を解放してたりする。

しばらく聴いてなかったが、懐かしさもあいまって、目につく回数も耳にする回数も増えてきたように感じる。

そんな中で、彼らの20周年の表現の仕方に「プロ根性」を見せつけられ、自身のキャリア観をハッとさせられてしまったので、いきなり書き始める次第。

(以下敬称略)

コブクロというアーティスト

実は高校生の頃にコブクロの楽曲は結構聴き込んでいたり、友達に誘われていわゆる「アーティストのライブ」というものに初めて足を運んだのもコブクロだった。

そこで初めて「プロの生演奏」を味わうわけだけど、とにかく圧倒された。

なんてったって普段自分が聴いてるものと同じ、もしくはその上をいくクオリティだったからだ。CDなんて加工でしょ??歌だって調子のいいところをツギハギしてるんだから、現実よりCDのほうがうまいに決まっとる。なんて自分の浅はかな考えは打ち砕かれた。

また、ドラマタイアップの書き下ろしの世界観や、「ニーズをバッチリ受け取って期待以上のクオリティで返す」というアウトプットのレベルに「プロってマジですげえ」と心の底から思わされたのを、今でも鮮明に覚えている。

ドラマ瑠璃の島の書き下ろし、「ここにしか咲かない花」

タイミング的には、2005年頃、「ここにしか咲かない花」をリリースしたり、「桜」を再収録してリリースしたり、という、実にエモエモのエモい時期だった。

個人的には少し古め(かつ、爆発前の苦しかったであろう時期)の「宝島」「光」「DOOR」「願いの詩」「雪の降らない街」あたりが好きだったのだが、この頃の彼らは出すシングル出すシングルでドラマタイアップが決まったりなんだりで飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

浪人時代には特に「蒼く優しく」に壊れがちなメンタルを救われたこともあった。ありがとうございました。

コブクロの楽曲を聴くようになったのは、友達からCDを借りる、MDに入れてもらうという、懐かしさ爆発の経緯だった。当時のアーティストと違って、歌詞が非常に生活感のある切り取り方をしているのと、恋愛とかラブに媚びてないなというところ、あとは黒田の声質が最高、楽曲のスタイルも歌い方も楽曲を構成する楽器ですらもいろんなレパートリーがあってすげえな、という風にハマっていった。(たしか)

もともと、ストリートの出身であった2人だが、表現感性のバケモノ黒田と、音楽理論&演奏技法のバケモノである小渕が組み合わさり、どの規模感、どのシーンにおいてもかなり完成度の高いパフォーマンスや楽曲披露をしていたので、普段から聴いてる身としては「まぁそりゃそうだよね」「スターダムって本当にあるんだなー」という気持ちが強かった。

一方で、メジャーになることで少しずつ変わっていく彼らの楽曲についても気になっている自分がいた。

「アーティストが”広く”売れる」ということ

大阪のストリートミュージシャンだった彼らは、メジャーデビュー後、どんどん活躍の場を増やしていき、ついに武道館公演にまでたどり着く。

人気を出したいがために用意されたステージではなく、彼らがストリート時代と同じように、ファンやスタッフとしっかりと踏み固めて上がり詰めたステージだと思う。

一方で、歌やメッセージを届ける相手の数も、デビュー時とは比べ物にならないほど増えていた。

二人とギター一本で演奏していたユニットに、バンドスタッフがつき、コーラスがつき、ストリングス隊がつき、エレクトリックなエンジニア陣がつき、舞台演出も豪華になり、どんどん大所帯になっていった。

楽曲も、メッセージ性は失わず、ただ楽曲表現はよりラグジュアリーになり、それに引きずられる形でバラード調のものが多くなっていたように感じる。

そして、自分はいつからかコブクロを聴かなくなった。

いつからかっていうか、たぶん「蕾」からだ。

共感のための具体的最大公約数と、抽象的最小公倍数

メジャーになると、楽曲はどんどん抽象的で、中立的なことをいうようになる。

それは数多くの視聴者に具体的なメッセージを共有しても共感の最大公約数を維持することが難しく、一方で最小公倍数を与えることでその具体化(聴いた人の咀嚼)を依存する構造になるからだ。

たとえば抽象度の高い歌詞でいうとこんな感じ。

僕が夢を忘れそうな時 君の涙で思い出す 何の為に歩いてきたのか
何度でも教えてくれる 土手に垂れた 二度目の春を 連れて歩いた 片恋風
君といつか 同じ枝の上 並んで咲いてみたい
(未来 2015年リリース)

一方で、具体性の高い歌詞はこんな。

スケールが小さくなっている一方で、わかりにくい単語の含有量が少ないように感じる。

小さなビー玉越しに 真っすぐな空 透かして ゆがんで見える雲に ムネ躍らせた頃

今じゃ信じたものが 時々ゆがんで見えるよ

何もかもが綺麗なあの頃 ふたりで見つけた

ここは君と僕だけの宝島 教えの庭じゃきっと見れない

小さな神様の群れを見た 風の放課後

走り出す君の手を掴んで 「せーの!」で土を蹴った2秒後に

あおむけで見た びしょぬれの街

(宝島 2003年リリース)

売れてしまうことでアーティストの表現したかった世界がボヤけてしまうことはある。

歌詞の解像度は低くなり、耳に届く音もバンドを重厚化させることで圧が上がっており、「エッジのきいた深夜番組をゴールデンに持ってきたら無害化してしまってコンテンツが死んだ」といった問題のようなことが起こりうる。

”規模の肥大化”をどう捉えるか

アーティストの活動だけでなくとも、自分のアウトプットが支持を得ることで、自分自身の影響範囲が拡大していくことはある。

たとえば職場での昇進なんかがそうなのかもしれない。

営業が営業部長になることで、仕事の軸は顧客対応や営業行為からマネジメントになる。

マーケターも規模の大きなサービスや予算を担当することにより、ユーザー一人一人のフィードバックは相対的に小さくなる。

経営者も、自身の会社や組織が大きくなることで、手を引かねばならない業務やコネクションもあるかもしれない。

基本的に、日々を頑張っている人にとって「上手くいくことで発生する、切り捨てなければならないという意思決定」というのは、頑張れば頑張るほど十分に発生しうることなのである。

わかりやすくいってしまえば、「商業的な責務」なのかなあと思ったりする。

「商業的な責務」VS 「信念」

商業的な責務というのは、何かを生産したり表現したりする人につきまとう、「ビジネスやお金のための責任」だ。

自分自身もこれには結構参っていて、つまるところ「好き勝手に仕事で遊べない」という状況がある。

それも厄介なのは、(感覚的に)きっと「遊ぶべきなのだ」という点である。

斬新であること、生活者に寄り添っていること、課題の核心を突いていること、これらは会社の会議室から生まれにくい。やっぱり外に出て、現場に触れて、そして感じるものだと思っている。

頭では、わかっている。ただそれを「商業的な責務」のもとに正当化するのはなかなか難しく感じることも多い。

アーティストという立場とマーケッターという立場にはそれなりに重複している部分があると思っていて、それが自分たちの業務や表現の先に「ユーザー」がいるという点だ。

そのユーザーにどのように喜んでもらえるか、そして喜んでもらいながら(適切な)経済的旨味を摂取できるか。

この辺に苦心するわけである。そんな毎日を送っていた自分は、なんとなくYoutubeFanfest2018を見て、コブクロを見て、関連動画に出てきた以下の動画を視聴する。

コブクロの「20周年」ツアーは捨てることから始まった。

彼らは言わずもがな日本の音楽シーンでは成功しているアーティストで、最新かつ潤沢な表現リソースがある。それはバックバンドメンバーだったり、優秀なエンジニアだったり、あるいは使える資金やファンの基盤だったりする。

番組の中で、黒田から「今回のツアーは全部2人でやろう」と提案され、それを飲む小渕が映っている。あとで聞くに、2人とも「(商業的な)ルーティンから脱したい」「自分たちの原点に帰りたい(帰るべき)」とのことだった。

もちろん、もともと2人のスタイルが「2人とギター1本」だったからであり、彼らがアーティストとして一番大事にしていることの最適解はきっとそのスタイルにあるのだろう。

それが、ファンが増え、ライブ会場のキャパシティが大きくなり、自分たちの商業的な責務の肥大化と共に、そのスタイルを変容させてきた。そこにちゃんと信念を貫いた形での変容だったし、もしかしたらどこかで妥協のようなものもあったのかもしれない。

なので彼らは、一回原点に戻って「2人だけでやる」という意思決定を下した。

もちろん楽な選択肢ではないし、まったく常識的でもない。でも表現者として「本質」を追求した結果なのだった。

結果、プロ根性というのは信念と商業的責務のハイレベルな両立だと思った

コブクロのライブはどうなったか、結局「大成功」だったのだそうだ。

あくまでストリートスタイルを貫くことを提案した黒田に、「とはいえパフォーマンスのクオリティを落とすわけにはいかない。完全なストリートとはもう違う。」と反対した小渕およびスタッフだったが、黒田の熱量に押され、不安なまま当日をストリートスタイルで迎えることになった。

ただこれが、上手くいった。それと同時に反対していた側も「こっちが正しかった」と認識を改めるようになる。

「何が起こるかわからない、だからこそそこを全力で上手くやっていく」のが自分たちのスタイルであり、オーディエンスがもっともそこに期待してくれているのだと気が付いた。

一方で黒田は「上手くいくかはわからなかった。自分の直感に従っただけだった」という。

不確実性に立ち向かうことは怖いし不安だ。何かをやるときには事例やフレームワークをなぞりたくなる。慣れている方法で試したい、わかってることだけをやっていきたい。怒られるのも失敗して笑われるのも嫌だ、ただそこに甘えてしまっていては、プロは名乗れない。

自分たちの働きが、自分たちの存在価値の本質からズレてないか、自分たちがやるべきことなのか、という問いと、そのために、ときには不確実性に向かい合って頑張れるのが「プロ」なのであると強く揺さぶられた。

そういえばコブクロの楽曲は、ほとんどが小渕の作詞作曲になってるのだけど、時々黒田が担当している曲もある。

その代表曲に「DOOR」というものがあるんだけど、歌詞がまたプロ表現者根性丸出しで非常に良い。

進むべき道なんて 自分で決めるのさ

不安や恐れに 足元をすくわれそうになるけど

巡り来るこの時に 逆らい続けよう

航海は僕に 何を教えてくれただろう?

「行くしかないだろう」

自問自答を繰り返し 思い悩み立ち止まるけど

あの日夢見た 輝きだけが また 僕の心を揺さぶるよ

眠れない日々を過ごすのなら 眠らない明日を追いかけよう

夢見ることが全てじゃなくて 叶えようとすることが全て

(DOOR 2004年リリース)

そんな感じで、明日からも頑張っていきましょうか。

なんつって。

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