これはどっかのSlackにある、自分の考えをとりあえずだーーっと書きなぐって置いとこ、みたいなチャンネルに放たれた、10分もかかってない文章でございます。

まあでもあんまり間違ったことは言ってないと思うので、ぜひご参考になれば幸いにございます。

週末、尊敬してベンチマークにしてるSNS上の全然別業界の人が「今後、キャリアにおけるゼネラリスト思考はあぶないよ」という話をしてたのでちょっと踏み込んで聞いてみた。いわく、「5教科70点の魅力はなくなってきたので、1教科で99点を目指そう」とのこと。
要するにスペシャリスト指向がよいよって話だった。個人的に共感としては65%くらいで、たぶん以下の前提がつくんだろうなと思ってる。

・観測範囲が限定的(この人は医療×Techが専門領域)
・サラリー志向(たぶん年収2000〜3000万くらいの話をしてる)
・あんまりアウトローなレースを考えてない

今回はこのへんについて思ってることを書いていこうかなという気持ちがいまあります。

全体の総論について

結論から言うと、打率はやっぱりスペシャリストキャリアのほうが高くなると思う。サラリーベースで期待値を出すのであれば、特定領域に詳しくなっておくことは正しい。

ただ、サラリーベースではないキャリア論を描くこと自体がNGかというと、そういう社会では無いし、そうもならないと思う。(少なくとも3-5年スパンでは)

5教科70点の市場価値が下がってきた、には完全同意。これは各分野が細分化と体系化が絶えず進んでいること、そしてその結果トレンドや解の更新サイクルが加速化していること、デジタルインフラが行き届いたことで実行・学習コストが下がり続けていること、の観点から。

完全同意なんだけど、これもたぶん閾値があって、たとえば88点くらいなら人材価値としてはそんなに状況は変わらないと考えてる。なぜなら、並列する市場でスペシャリストが育っていくのであれば、結局のところをそれを束ねるタレントの需要が減らないから。(だが、スペシャリストの質が高まり続けていくことは、取り組む課題の難易度が上がることなので、その分ゼネラリストとして機能することの難易度は上がり続ける)

0と100のゲームかと言うと、実際にはもう少しグラデーショナルな中間層があるよねって話。ただ、ゼネラリストにもスペシャリストにも、足切りラインも存在するようにも思う。

ゼネラリストキャリアの錯覚感

スペシャリストのほうが、サラリーベースでの期待値が高いので、スペシャリストを目指すのがよいのでは。と言ったものの。

でも、感覚的には「ゼネラリストってかっこいいし、なんかすごそう」というのがあるじゃないですか、自分は原理を認識してるのであんまないんだけど、そういう風潮がある。

これに関しては結局は錯覚の一種で、「自分の専門外情報のほうが多いために変化量が多く、また流れも早く見える」という仕組みを錯覚してるだけ。だと考える。
要は、ひとつひとつのマーケットや専門分野をフラットに比較してるのではなく、「自分の専門分野vsそれ以外」という錯覚構図で眺めてしまってる。そりゃあ、それ以外のほうが早く見えるだろうよ。

やっぱり、専門外のことって、当たり前だけど自分にはできない・知らないことが多くて、自分の道にひたすら打ち込んでいるうちはなんとも思わないものの、ひとたび不安や疑問を抱えてしまった状況下においては一気に不安になる。隣の芝が急に青く見えてくるのであーる。

しかもなおのこと、現在はSNSなどでいろんな業界人の情報が、大量に手に入ってしまう。また一方でSNSのマーケティングがうまかったり見せ方うまかったりする人たちのそれっぽい意見なども各プラットフォームのアルゴリズムにより見る回数が上がってて、気になって気になってしゃあない。わかります、わかりますが、今回はサラリーベースで考えるキャリア論。年収にヒットしないことは無視されるのがよいかと思うって筋になるわけ。

成熟産業でのポジショニングと、成長産業での立ち回りと

さて、この人の視界にはおそらく写ってないかもしれないけど、いわゆる「なんでも自分でやらねばならん」という人たちや市場もおそらくある。立ち上がりたてであるとか、人件費にまわすほどの資本がないとか、そういうステージはどの企業・サービスも通ってくるはず。
確かにそういった経営フェーズにおいては、ビジネスモデルが体系化されてないため収支における利益率がどうしても低くなり、アウトプットにレバレッジがかかりにくいので、確かに構造上サラリーは高くならない。

継続的な事業やビジネスの成長の筋でいえば、今後は「いかに少数のアセットで、多くの効果を生むか」が、コロナを機に信じられないくらい重要になってくるはず。それは事業や組織や、企業としての不確実性に対する抵抗力が改めて重要視されるという背景と、そのポイントが(経営資金や運用のためのリソース、そしてサービスのデリバリーにおける)柔軟性にあるからだ。

なので、中長期的にはスペシャリストで得する人の方が、ゼネラリストでうまくいく人より全然多くなる。なぜならば、組織あたりにおけるスペシャリストとゼネラリストの数が、機能的に圧倒的に前者のほうが多くなるからだ。感覚的には、ゼネラリストの10倍〜200倍くらいは当たりやすいんじゃないかな。

この場合、経営者からすると多くの人を雇わなくていい一方で、求められた品質と量が担保できているのであれば、アウトプット分レバレッジが利くので、そこに配置される人には多くの報酬が支払われるはず。それこそ、自分で置き換えできた人件費は、全部もらっても経営的にはマイナスにならないことになる。
なので、トップライン伸ばしたいというムーブにおいては、「スペシャリストに集中すべき戦術」はこのゲームにおいては非常に正しいと言える。うーーん、やっぱりさすが。

それでもゼネラリストであること

一方で、私はたぶんゼネラリストだ。

その自分が思うにゼネラリストサイドの仕事や付加価値、ビジネスのタイムラインについてはあんまり意識されてなかったかなと感じてて、(まぁ業界柄絶対に仕方ないんだけど)要は事業のサイズや、サービスの収益のグロスは時系列で変化しますよねということ。

そこに合わせて組織や開発、ファイナンス、マーケティング、セールスなどそれぞれの課題や、その解決のために生まれてくる仕事も変わるので、ここに柔軟性を求められるタイプのキャリアも存在はすると考えてる。(ただ、やっぱりうまくいって年収レンジでは1500万くらいが限界じゃないかな、ともおもう)

なので、食えるのは間違い無いけど、まぁ正直特定領域のすごいスペシャリストよりは当たりにくい&儲かりはしないな〜〜って思いましたとさ。

また上記した錯覚はあるため、ゼネラリストはそういう「見られ方」にうっとりできるタイプは、それを足したらどっこいどっこいなのかもな???わからんw
自分は副業取りやすくなったり、SNS上で(ビジネス的に)モテたり(主にビジネスマッチョ男にだけど)、いろんなところから面白そうなポストのオファーがほいほいくるようにはなった。
だけど、これらもたぶん錯覚なのよね。錯覚で飯は食えるけど、あんま安定してなさそうで個人的にはそういう落とし穴に落ちないように気をつけたい。

結局自分ももともとはネット広告やアドテクノロジー、メディアのグロースから入って、その後はデータ基盤の企画とかコンテンツストラテジー、SNSマーケ、SEOとやってきて、マネジメント、マーケティングの全体戦略検討と推進、そんでいまはプロダクトマネジメント、経営企画とそれなりに実務を通したキャリアパスは通ってきてるわけで、どこかで「マジで機能できませんでした」ってことはなかったので、80点レベルのゼネラリストとしては存在できてるのかなと思う。

そして、80点のゼネラリストなので上記の筋で行くとこのまんまだとイバラの道だなーとは思ってる。なやましいね。

ただ忘れちゃいけないのは、そのゼネラリストや事業推進もきっと一つの専門分野で、99点を目指すという選択肢自体はあるんだろうな。ということ。それを選ぶかははたしてわからないけど。

なので、結論としては「中途半端なゼネラリストには死が待ってる」「専門性がつかないキャリアパス、特にファーストキャリアでゼネラリスト的なキャリアパスは危険そう」という結論でした。

まずは自分のゲームを特定して、勝利条件を確認し、手札を見て、最適なプレイングをするところが全て。

仕事はゲームだ、だけど遊びではない。

みんなで人生考えていこうぜ。

なんつって。